【note掲載】製造業を揺るがすアルミ高騰化時代
ひとつは、LME価格です。
LMEとは、ロンドンにある世界最大の金属取引所(London Metal Exchange)のことで、ここで決まるアルミの価格が、世界中の取引の基準になっています。
そしてもうひとつが、NSPです。
NSPとは「New Standard Price」の略で、日本語では「新地金スライド価格」と呼ばれるものです。これは、実際の国内取引で使われる基準価格のひとつです。
自動車メーカーや住宅メーカー、飲料メーカーといった企業がアルミを仕入れる際には、毎日のLME相場がそのまま取引価格として適用されるわけではありません。一定期間のアルミ価格をもとに、NSPという基準価格が決まり、それが次の期間の取引価格に反映されていきます。
このNSPの仕組みはシンプルです。
過去3ヶ月間のアルミ原料の平均価格を計算して、それをもとに次の期間の取引価格を決めます。
たとえば、3月・4月・5月のアルミ原料の平均価格を計算する。
その数字に業界のルールとして少し上乗せして、次の期間、つまり7月以降(7月・8月・9月)の取引価格が決まっていくイメージです。

このような形で実際に企業が取引に使用する価格は決められています。
なかなか業界に詳しい人ではないと、こうした裏側を知る機会はないかもしれません。
ただ、実はこの価格の仕組みが先ほど伝えた10月以降という言葉につながっているのです。
いま、何が起きているのか
なぜ10月以降なのかをお伝えする前に、
現在、実際のアルミ価格がどのような状態になっているのかをお伝えしたいと思います。
2025年、つまりつい最近まで、国内のアルミ原料の価格(=NSP)は1kgあたり400円台を中心に取引されていました。
それが、2026年7〜9月の基準価格は690円になっています。
前の期と比べて、130円の上昇です。
しかも、この690円という水準は、過去最高値です。
つまり、アルミの価格は「少し高くなっている」のではありません。
国内のアルミ取引において、過去にない水準まで上がっているのです。
足元では700円を超える水準も見えてきています。
400円台だったものが、700円台へ。
ざっくり言えば、1.5倍以上です。
では、なぜここまで上がっているのか。
背景のひとつにあるのが、「ジャパン・プレミアム」の急騰です。
ジャパン・プレミアムとは、海外から日本向けにアルミ地金を調達する際、国際価格に上乗せされる割増金のことです。
日本市場向けの需給や物流コスト、地域ごとの調達環境などを反映して決まります。
2026年1〜3月期、このジャパン・プレミアムは1トンあたり195ドル程度でした。
ところが4〜6月期には、350ドルを超える水準で決着しています。
約1.8倍です。
こちらも2015年以来、約11年ぶりの高値水準です。
つまり、国際的なアルミ価格だけでなく、日本向けにアルミを調達するための上乗せコストも大きく上がっている。
その影響が、国内の地金価格やNSPの上昇にもつながっているのです。
これが、いまアルミの世界で起きていることの正体です。
ナフサ不足が騒がれている裏側で、国内アルミ取引の基準となる価格は、過去最高水準まで上がっているのです。
なぜ10月以降なのか
ここまで読んで、こう思った方もいるかもしれません。
「すでに7〜9月の価格が690円になっているなら、もう上がりきったのではないか」
たしかに、10月にさらに大きく上がると決まっているわけではありません。6月のアルミ地金価格を見ると、4月・5月よりは少し落ち着いています。
4月の月間平均は1kgあたり703.6円、5月は711.2円でした。
それに対して、6月は683円台です。
では、もう安心なのか。
そうではありません。
ここで重要なのは、6月の価格が下がったように見えても、まだかなり高い水準にあるということです。
先ほど仕組みを説明した通り、2026年7〜9月のNSP690円は、3月・4月・5月の平均価格をもとに決まりました。
具体的には、3月が635.7円、4月が703.6円、5月が711.2円。
この3ヶ月の平均は683.5円です。
つまり、6月の価格は、7〜9月の過去最高水準を決めた3ヶ月平均とほぼ同じところにあります。
ここが、10月以降を考えるうえで非常に重要です。
NSPは、その時々の価格がすぐに反映されるものではありません。過去3ヶ月間(直前月を除いた)のアルミ地金価格をもとに、次の期間の基準価格が決まります。
2026年7〜9月のNSPが690円になったのは、3月・4月・5月の価格上昇が反映された結果です。
では、次の10〜12月の価格は何をもとに決まるのか。
6月・7月・8月のアルミ地金価格です。
つまり、6月・7月・8月の価格が高い水準で推移すれば、その影響は10月以降のNSPに反映されていきます。
そして、すでに確定している6月の時点で、価格は過去最高水準を決めた平均とほぼ同じです。これは、決して軽く見ていい数字ではありません。
私が冒頭に伝えた10月という数字のロジックは、こうした内容から算出したものなのです。
ここにプラスして10月以降に影響が出始める要因があるため、ご説明します。
原料が高いだけでは済まない
アルミは原料のままでは私たちが使う製品にはなりません。
缶にするには、アルミを薄く伸ばして形を作る工程が必要です。
窓のサッシにするには、熱したアルミを型に押し出して成形しなければなりません。
自動車の部品にするには、プレスして表面を処理する作業が加わります。
こうした加工にもお金がかかります。
そして、いまこの加工にかかるお金も上がっているのです。
人件費や電力・燃料の高騰、金利の上昇など加工に関わる費用も上がっているのです。
つまり、いまアルミ製品を取り巻く状況はこうなっています。
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原料(アルミ地金)の価格が上がっている
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日本に届けるコスト(ジャパン・プレミアム)が上がっている
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加工にかかるお金が上がっている
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工場を動かすエネルギーのコストが上がっている
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働く人の賃金が上がっている
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お金を借りるコスト(金利)が上がっている
すべてが同じ方向を向いて、同時に上がっている。
あまりメディアなどでは紹介されませんが、アルミの市況は実はここまで厳しい状況になっているのです。
そもそも、なぜアルミの価格は上がっているのか
アルミの価格が上がっていることについてはここまでの話で、少しは理解していただけたかと思います。
では、ここでそもそもなぜアルミ価格が上がっているのかについて、簡単に説明したいと思います。
原因はひとつではありません。
いくつもの要因が重なって、いまのアルミ価格の高騰が起きています。
最も大きなきっかけは、中東で起きた出来事です。
2026年3月末、アラブ首長国連邦(UAE)にある世界最大級のアルミ精錬所が、イランからのミサイルとドローンによる攻撃を受けました。
アルミの精錬は、非常に高い温度と大量の電力を必要とする工程です。攻撃によって電力が止まると、炉の中で溶けていたアルミが冷えて固まり、炉そのものが使えなくなります。
少し修理すれば再開できるという話ではなく、完全な復旧には最大1年かかるとも報じられました。
この精錬所を含む中東の湾岸諸国は、世界のアルミ供給の約9〜10%を担っています。そこに攻撃や物流の混乱が重なったことで、世界のアルミ市場では供給不安が一気に高まりました。
この事態については、テレビ取材を受けた際のニュース記事や、
以前詳しく解説したnoteもあるので、気になる方はぜひ見てみてください。
日本は、アルミの原料である地金を100%海外からの輸入に頼っています。
国内には精錬する設備がありません。
つまり、海外の供給が止まれば、日本にはアルミが入ってこなくなってしまうのです。
だからこそ、今回の高騰は一時的なニュースでは済まされないのです。
値上げを我慢すると、何が起きるのか
ここまで読んで、「じゃあ値上げするしかないよね」と思った方もいれば、「企業努力で何とかならないの?」と思った方もいるかもしれません。
実際、日本の取引では値上げを我慢する場面がよくあります。
「今回だけは見送ります」
「次の改定でお願いします」
「取引先との関係があるので、自社で吸収します」
そうやって何とかしてきた会社はたくさんあります。
10円、20円の値上がりなら、飲み込もうという判断もあり得るでしょう。
でも、いま起きているのは300円の差です。
1kgあたり300円。
アルミを扱う会社は、kg単位ではなくトン(1,000kg)単位で取引します。
1トンで30万円の差。月に100トン扱えば、ひと月で3,000万円。
取引量によっては、価格の見直しを一度見送るだけで、数千万円から数億円規模の損失につながる会社も出てきます。
これは利益が少し減るという話ではありません。
「売れば売るほど赤字になる」という話です。
皆さんが日常で手にしている製品には、実はたくさんの会社が関わっています。
たとえば缶ビール。
原料のアルミを海外から仕入れる商社がいます。それを日本の港で受け取り、板に加工する会社がいます。板を缶の形に成形する会社がいます。その缶にビールを詰める飲料メーカーがいます。
普段目にするのは飲料メーカーの名前だけかもしれません。でも、その手前に何社もの会社が連なっていて、ひとつの缶ビールを届けるためにそれぞれが動いています。
価格が上がった時、最初に苦しくなるのはこの「途中にいる会社」です。
原料は高い。加工費も上がっている。
でも、取引先との関係を考えると値上げを言い出しにくい。
一見すると、誠実な対応に見えるかもしれません。
けれど、その結果としてその会社が立ち行かなくなれば、そもそも缶の材料を作る会社がなくなるのです。
缶の材料がなければ、飲料メーカーは缶を調達できない。サッシの型材を加工する会社がなくなれば、住宅メーカーは窓を作れない。
値上げを我慢した先にあるのは、「モノが届かなくなる」というもっと深刻な事態です。
価格転嫁は、単に企業が値上げをしたいから行うものではありません。
各社が自社のコスト構造や取引条件を踏まえて判断すべきものですが、安定供給を続けるためには、コスト上昇を適切に価格へ反映していく視点も必要になります。
皆さんの生活にどう影響するのか
ここまでの話をまとめると、10月以降にアルミ製品の価格が上がってくる可能性は高い、ということになります。
では、実際に皆さんの生活のどこに影響があるのでしょうか。
身近なところから見てみます。
缶飲料。ビール、缶チューハイ、缶コーヒー、エナジードリンク。
コンビニやスーパーに並んでいる缶飲料のほとんどは、アルミで作られています。缶のコストが上がれば、商品の値段にも影響が出ます。
もしかすると、アルミ缶のビールがなくなり、瓶ビールに戻る時代が来るかもしれません。これは今は冗談のように聞こえるかもしれないですが、本当に起こりかねない状況にあるのです。
もちろん、明日から缶ビールがなくなるわけではありません。ただ、それくらいコスト上昇が深刻な水準に近づいているということです。
次に住宅。窓のサッシ、ドア枠、屋根材、外壁のパネルなど。
住宅にはたくさんのアルミが使われています。住宅価格はここ数年すでに上昇が続いていますが、アルミの高騰がさらにその上昇を後押しすることになります。
実際、大手住宅用建材メーカーであるYKK APも先日、10月から値上げの発表をしています。
そして自動車。
近年の車は、燃費を良くするために軽量化が進んでおり、アルミの使用量が増えています。ボンネット、ドアのパネル、エンジン周辺の部品。アルミのコスト上昇は、新車の価格にも影響してきます。
食品・医薬品のパッケージ。
お菓子の個包装、レトルト食品のパウチ、そして薬局でもらう薬を一錠ずつ押し出すあの銀色のシート。あれもアルミです。
このように、アルミの値上がりは、どこか特定の業界だけの話ではありません。
皆さんの暮らしの至るところに関わってくる話なのです。
なぜ今、この記事を書いているのか
最後に、なぜ今この記事を書いているのかをお伝えします。
アルミの話は、正直なところ、なかなかニュースになりにくいテーマです。
NSP、ジャパン・プレミアム、LME(ロンドン金属取引所)。
専門用語が多く、数字も毎日動きます。テレビの短い尺で伝えるのは難しく、新聞でもなかなか大きくは扱われません。
だからこそ、ニュースで報じられるのを待っていると、気づいた時にはもう値段が上がった後、ということになりかねません。
ホクセイグループは、日本軽金属グループのアルミの専門商社として長年この業界に携わってきました。原料の価格を毎日確認し、取引先と交渉し、加工メーカーとやり取りをしています。
市場の空気の変化が、報道よりも先に感じられる立場にいます。
以前、UAE(アラブ首長国連邦)にあるアルミの精錬所が攻撃を受けた際にも、noteで記事を書きました。
当時は遠い国の話と感じた方も多かったかもしれません。
しかしその後、アルミの供給リスクや価格の上昇は現実のものとなりました。
今回の10月の話も同じ構造です。
いまは、まだ皆さんの生活に届ききっていない。
スーパーのビールも、車のディーラーの価格表も、まだ大きくは変わっていないかもしれません。
でも、アルミ価格の仕組みがある以上、春から夏にかけて起きた高騰は、秋以降に表に出てくる可能性は大いにあります。
不安を煽りたいわけではありません。
「仕組みとその実情を知ってほしい」のです。
アルミの価格がどうやって決まるのか。
なぜいま上がっているのか。
そしてなぜ10月以降に皆さんの生活に届き始めるのか。
この構造を知っていれば、秋にニュースで値上げと報じられた時にも、
「やっぱり上がってしまったか」とこれまでより落ち着いて状況を理解できるかもしれません。
そして、ここからはもしかすると高い望みになってしまうかもしれませんが、
もっとアルミなどに興味を持ってもらえたら嬉しいなと感じています。
アルミは、普段意識されることのない素材です。
でも、皆さんの生活は、想像以上にアルミに支えられています。
そんな中、先述の通り、日本はアルミのほとんどを輸入に頼っています。
つまり今回のような高騰などは、一過性の出来事ではなく、構造上の課題なのです。
ではこの構造上の課題を解決するにはどうするべきなのか?
そうしたことに少しでも興味関心が集まり、議論が今以上に行われるようになった時、より日本は強くて素晴らしい国になると考えています。
だからこそ、これからも私たちは今回お伝えしたような内容を届けていけたらと考えています。